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2015年2月

☆ 小林一平さんの「映画がつくりだす奇跡」

   

shine  小林一平さんの「映画がつくりだす奇跡」shine
映画「ひろしま」の普及活動をされていた映画人・小林一平さんが永眠されました。心からご冥福をお祈りいたします。
2012年に、小林さんにラジ オ出演していただいた時の音源をアップします。

https://www.youtube.com/watch?v=TJDTWdYLjkk&feature=youtu.be

ももっちおばちゃんこと溝江玲子の新春特番に映画人の小林一平さんをお招きしました。
小林一平さんとは、つい最近知りあったばかり。
新聞に、映画「ひろしま」が大阪の堺で上演されるとあり、そこに連絡先として携帯しか書いていなかったんですね。「ひろしま」をぜひ観たい。
携帯は小林一平さんご自身のもので、堺の連絡先を教えて下さったのです。
「ひろしま」は『原爆の子』を映画化したものです。『原爆の子』は原爆に合った子供達の作文を本にしたものです。
『原爆の子』はももっちも読みました。原爆を落とされたとき4歳とか小学1年とかいう幼い子供の書いたものが自分の感じたままを綴っていて、原爆の恐ろしさ悲惨さが理屈じゃなくるこちらの心に響いてきます。どの子も「戦争は厭だ、もう二度と戦争をしないでくれ」と書いています。
「映画にして、戦争はこんなにに酷なものだということを世界中に知らして欲しい」という子供達の願い。そこから「ひろしま」の制作が出発したのです。
広島市民、約9万人の無償で協力。また学校の先生達のカンパで映画が出来上がったのです。
残念ながら反米色が強いという理由で殆ど上映されることなく「幻の映画」となっていました。
小林一平さんのお父様が助監督をなさっていた関係から、この「幻の映画」の上映運動を起し、全国に展開されることとなります。
ひろしまの原爆の記憶もまだ生々しいなかで創られた映画で、原爆の惨状が伝えれている映画です。
ぜひ、皆さまに「ひろしま」を観ていただきたいと思います。

小林一平さんの幼いときの、「子鹿物語」に感動した話。
チャップリンの話。
映画に関わってこられた小林一平さんならではのお話、ユーチューブに収録しています。
映画は世界のことを知り共有し、それが広がる可能性がある素晴らしいものだと思います。
多様なメディアがありますが、映画は平和を伝えていくのに重要なメディアだと思います。
その他、メディアの役割についてのお話しなども小林一平さんにお聞きしました。

「FMわぃわぃ」で、ももっちおばちゃんも平和を伝えるメディアの役割を担って発信していきたいですね。

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「未来へつなぐレクイエム」を歌うケイ・シュガーさん(1)☆「小林多喜二へのレクイエ」 ゲスト・有川 功さん

  shine「未来へつなぐレクイエム」を歌うケイ・シュガーさん(1)
    ☆「小林多喜二へのレクイエ」 ゲスト・有川 功さん

ケイ・シュガーさんは、戦前、戦中に時の権力によって死刑になったり虐殺されたりした5人の方の鎮魂歌・レクイエムを作りました。
これから5週に渡って「未来へつなぐレクイエム」のお話しをお聞きしたいと思います。

第1回目は、国賠同盟の有川 功さんをお迎えしています。
しかし、最近「蟹工船」ブームが起き、漫画になったりエッセーのコンテストが催されたりしています。この募集には若い人達が大勢応募を寄せています。
今の現状の悪さが、再び「蟹工船」が読まれだした原因だと思われます。

小林多喜二は29歳の若さで虐殺されてしまうのです。小説を書いただけなのに……。

shine 詳しくはユーユーブにアップしていますのでお聞き下さいませ shine
https://www.youtube.com/watch?v=ITP0t8pQtPE

北海道の小樽で銀行に勤めていました。その時から小説を書いていたのです。
小説の中で銀行名を実名で出したために首になってしまうのですね。
それで東京へ出ることになります。そして、プロレタリア作家となっていきます。

多喜二には色んなエピソードがありますが、なかなかユーモアのある人だったらしいです。
貧しい家庭で親孝行でもありました。
家族思いで、音楽が好きな弟に初月給の半分も使ってバイオリンを買ったりしています。
多喜二も音楽だ好きだったのです。
そんな中、貧しくて身売りされていた田口タキと出会います。お金をかき集めて身請けをするのです。

「蟹工船」は1929年発表ですが、当時発売禁止されました。でもベストセラーになるのです、凄いことです。「蟹工船」がいかに素晴らしい小説かというのがわかります。
蟹工船は老朽船を改造していたし、海の上での船の中に工場があるという状態。
酷い働かされ方であった。
滅茶苦茶な労働、暴力があり、虐待され、病気になっていく。
すごい描写力で、においまで感じられるのです。
プロレタリア文学の名作「蟹工船」を、ぜひとも読んでいただきたいと思います。

小説を書くだけで殺されるなんて本当に恐いです、身の毛がよだつような拷問で虐殺されます、戦前はこのような世の中だったのですね。
ももっちおばちゃんの溝江玲子も小説を書きます。心底、怖いと思います。
安倍首相はいま「秘密保護法」を通してしまっているのです。
今また同じような時代に戻るんではないかという不安が湧いてきます。
本当知らないうちにに戦前に引き戻されないよう気をつけていきましょう。
メディアに関わる者は特に心しなければならないと思います。
発信すること、小説を書くこと、共にメッセージ性を持つことが大切だと思っています。

「蟹工船」と共にお薦めなのが、あの「氷点」の作家・三浦綾子が書いた「母」です。
多喜二の育っていくようす、それとお母さんへの思いやり、家族への愛、涙なくしては読めないです。

☆  小林多喜二の遺志をついだイベントをご紹介させていただきます。
2015年の関西の多喜二祭の日程は
mailto【第9回大阪多喜二祭】 
2月21日(土)午後1時半、クレオ大阪東(京橋)。第1部・文化行事=ケイ・シュガー CD「未来へつなぐレクイエム」収録曲5曲を歌う。
第2部・記念講演=「世界につながり、ひろがる多喜二」(緒方靖夫・原水爆禁止世界大会郷土議長、著書『つながる9条の絆—多喜二、魯迅、ロマン・ロランから今日へ—』新日本出版社)

mailto【第13回阪神北小林多喜二祭】
 2月22日(日)午後1時半、いたみホール。講演=尾西康充・三重大学教授。
 文化行事=ケイ・シュガー弾き語り。

mailto【兵庫県小林多喜二記念集会】
 2月22日(日)午後1時半、兵庫県民会館。講演=島村輝


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■ 詩人の「ときめき屋正平」さんをお迎えして(3)

ときめき屋さんは、高校生のとき詩に巡り合ったそうです。
高校の時に出会った先生が近代詩を教えてくれたからです。
恩師です。先生とのいい出会いをしたことは大きいと思います。
素晴らしい先生にお会い出来てよかったですね。

happy01 ユーチューブにアップしています。お聞き下さいませ shine
https://www.youtube.com/watch?v=lv9G4sB__ho

ご紹介する「貨物機関車桃太郎に乗って」は、なかなかユーモアのある詩です。
桃太郎号の本籍地は、岡山のようです。
ご紹介する詩の中で、百済駅のことも出てきます。
ももっちおばちゃんの溝江玲子は、毎週大坂に行くのですが、
天王寺駅の近くに「百済駅」という駅があるのに気が付きました。
(最近無くなってしまいましたが)
昔、百済の人々が大和国に渡ってきて、色々な文化を伝えたということです。
あの蘇我馬子(そがのうまこ)も百済人の子孫といいますね。
そんな歴史を思いながら詩を読んで下さると、いっそう面白いと思います。

   ☆ 貨物機関車桃太郎に乗って

ぼくは雪の子
済州島(チェジュド)北西の沖合
大陸からの雲の仲間とであって
おおきな雪の粒になった
南東にゆっくり流れていた

ことしは丹波の畑におりて
黒豆の根っこに吸われて
お豆さんになろうと思ってた
けれど突然雷が轟いて

気が付いたら貨物機関車
桃太郎16両連結しっぽ
貨車の屋根にしがみついていた

大阪百済の貨物駅で
桃太郎は眠っている
ぼくは溶けて泉州沖の蛸の
おなかであったまろう

では、次の詩をご紹介いたしましょう。
国語の先生が、クラブ活動でダンスを指導していたそうです。

JR奈良駅から三条通がまっすぐに通っているのですが、先生が颯爽と歩いていく姿を見たのです。
あっという間で、声をかけることもありませんでした。
何か幻のように思えました。
その姿を見て詩が出来たのです。

   ☆ 淡い春の恋歌                    

モダンダンスがつくりあげたあなたの身体から
透明な天女のことばがぷつんぷつんと噴きだし
ネパールの山すそから湧きあがる霧のように
生きるものたち小石たちに降りかかりふりかかり

パリで買った硬いパンの袋を背負ったまま
あなたは電車道をまたぐように突き抜け
ゆるい五城坂を藤の森へ駆け
菜の花のよこしまな蕾を弾き飛ばし
まっすぐに春日乃山へ抜けていった

透きとおった天女のことばが
あわい春の風になりぼくにからみつき
冷気の粒になってまとわり包みこんでしまった
ぼくに身震いがおこった

あなたは
遠く しなって鹿野苑(ろっきゃおん)を越えていった

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詩人の「ときめき屋正平」さんをお迎えして(2)

   詩人の「ときめき屋正平」さんをお迎えして(2)

有馬の北側の愛宕山というところへ小さい時、疎開していました。
祖母のところです。
祖母の背中におぶわれて、神戸の空襲を見ました。
「こうべが もえとんねやがな」
とキミヱお祖母ちゃんが言いました。
神戸方面の空襲は5回もありました。

ユーチューブ、お聞き下さいませ shine

https://www.youtube.com/watch?v=ash4Kjn8u6I

ときめき屋正平さんに詩を2編朗読して貰います。

     【空 襲】

   真っ黒な有馬の山なみのてっぺんのあたりで
   暗い赤色や橙色のゆらめきが見える
   ぼんやりとした ほのおの塊がゆらり流れ昇る
   こうべが もえとんねや がな
   きぬゑおばあさんが それだけをいった

   はよ あぜの下に隠れや はよ うつぶせになりぃ
   じっとしとりや 起きたらあかんで
   びい にじゅうく やで
   よしこおばさんが 叫んだのだったか

   五月山の上にまっ黒な大きな飛行機がたくさん見えた
   鍛冶屋の地下に 防空壕があった
   泥水でじゅるじゅるの地下でしゃがんでいた

   記憶の風景のどれにも
   父と母は おらなんだ

ときめき屋さんのお父さんは兵隊に取られ、お母さんは大坂で看護婦として働いていました。
だから、記憶の中にお父さんもお母さんもいなかったのですね。

     【子 守 唄】

   ぼくは きぬゑばあちゃんの背中で
   子守唄を聞いた
    てきわあ いくまん ありとてもお
   帝国軍隊称揚と兵士鼓舞の歌曲である 軍歌である
   いくつも何度も 何度もいくつも聞いた

   ぼくはカラオケ大会で
   だれにも負けずに軍歌をたくさん 歌えた

   ぼくは ぼくの子どもたちや
   その子たちを おんぶすると
    とんぼの めがねは みずいろ めがね
    あおい おそらを みてたから
   大きな声でいっぱい いっぱい歌ってやる
    とんぼの めがねは みずいろ めがね
    あおい おそらを とんだから

   いつも いっぱい
   しっかり歌ってやる

ときめき屋さんの詩・「子守唄」です。
背中におぶわれながら、キミヱお祖母ちゃんの軍歌を聞いたのですね。
軍歌が子守唄代わり。
不思議でもなんでもありません。
戦争で「行け行けどんどん」だったのですから、みんな本当に戦争に勝つと思っていたんですねえ。
戦争がはじまれば、普通の一般の人が「頑張れ!」と言う。
軍歌も知らない間に頭に染み込んできます。
歌も戦争遂行のための歌ばかりになります。
教科書も、戦争賛歌。
文化的なこと何もかも統制されて自由がなくなってしまったのですね。

「戦争はしないだろう」「まさか、まさか」と思っているうちに、戦争に巻き込まれていきます。

ときめき屋さんは、子ども達に「とんぼのめがねは 水色めがね」を歌っています。

父親が傷痍軍人になって帰ってきました。
喉を切られ気管が切られ、食道がやっと繋がっている状態。
お父さんは晩年になってから、息と唇を動かして、戦争はどんなに悲惨なものかを色々と話してくれたそうです。
平和がどんなに大切かを、訴えられていたそうです。

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詩人の「ときめき屋正平」さんをお迎えして(1)

   詩人の「ときめき屋正平」さんをお迎えして(1)

今週から3回、詩人の ときめき屋正平さんにお話をお伺いします。

お父さんは軍隊にとられて戦地に、お母さんは大阪で看護婦をなさっておられました。そういう関係で、幼いころ、母方のお祖母ちゃんに、またお祖母ちゃんのところが農作業で忙しいときには、母方のお姉さんのところに預けられていました。疎開をしていたのですね。
お話の中で吃驚しましたのが、戦地から引き揚げて来られたお父様のお話です。
お父さんが大阪の港に着いたときは、蝋人形のようだったとお母さんが言ってらしたということです。
お父さんは傷痍軍人となって帰ってきました。

bud ときめき屋正平さんのお話と詩の朗読、ユーチューブにアップしています shine

https://www.youtube.com/watch?v=N7XY9TScmBc&feature=youtu.be

傷痍軍人という言葉は知っていました。実際に白衣を着てアコーディオンを弾きながら訴えていた姿も何回か見ています。しかし、その現実は、実際には知らなかったのです。
喉を切られて傷口が塞がっていない状態で、奈良の病院へ、そのあと大阪府立病院へ入院しました。
気管が切られてその気管の後ろの食道がなんとか辛うじて繋がっているという状態でした。
気管が切られていてしまっているので、ときめき屋さんは、お父さんの声を聞いたことはありません。生まれて時はもうすでにお父さんは戦地に行っていたからです。

お父さんは息と唇と舌を使って言葉にしますので、唇の動きなどで判断します。
お父さんが言葉を伝える事ができないので、他の人にはお母さんか自分が聞き取って通訳をしたということです。
傷痍軍人のことは本当に初めて聞く話。皆さん、戦争はこのように残酷で酷いことがあるのです。戦争は本当にやってはいけない。この話は、ぜひ、皆さんにもお聞きいただきたいと思います。
毎日、普通に平和で健康に暮らしたい。戦争は悲しいこと辛いことが一杯です。

「梅一輪」「花喰鳥(はなくいどり)」の詩を朗読して頂きましょう。この二編の詩は、平和の大切さを詩っています。ぜひ、お聞き下さい。

「花喰鳥」は、正倉院展の展示から発想を得て作詩。
ときめき屋さんは、毎年かかさず正倉院展に行っているそうです。「美にしびれる」そうです。
シルクロードを通ってさまざまなものが、一番東の国、日本に辿り着くのです。文化が遥かシルクロードを通って伝えられているのです。その感動を共にするということで、仲良くできると思います。
中国やお隣の国からも、寺院の造営の技術や仏教を伝えられたりして繋がっているのです。
アジアの平和ということで、一緒にやっていきたいものですだとつくづく思ったことでした。

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